学ぶということの手段
人間は、常に学び生きています。
人生においても、何かを常に吸収し、そこから学び自分に返しているのです。
その教材はいろいろなものがあるでしょう。
生きた教材である先人たちもいますし、もっと身近な近親者も大切です。
本を読むことや映画を見たりすることも、大いに学べる教材となって、私たちを助けてくれていることを覚えておきましょう。
勧善懲悪から何を学ぶか
映画というものは、世界中で作られていきます。
現実的にできないことも、映画の世界ではできたりするでしょう。
そんな世界の中には、人生を考え直せるきっかけになるものもたくさん存在します。
映画の中でも、勧善懲悪というものを題材にしているものがあるでしょう。
日本人の大好きな題材で、さまざまな作品が作られていきました。
悪者をやっつけるという内容ですが、勧善懲悪には善を勧め悪を懲らしめるという意味があります。
私たちは、悪行を行うのではなく、善にいそしめということですが、それだけではありません。
悪いことをしていれば、いつかは懲らしめられることになるということもあります。
その裏には、なぜ悪行を働くに至ったのかということは、日本の映画では語られにくい一面を持っていますが、ハリウッド映画などでは逆の焦点でみる映画もあるのです。
日本人と感覚の違いもあり、完全な悪というよりも、結果的に悪に染まるというのがハリウッド映画でしょう。
そこには、人生において、どうしてつまずいてしまったのか、それを回避することはできなかったのかを学び取ることができるのです。
生きるということ
映画では、生きるということに焦点を当てたものがたくさんあります。
人生とは何か、なんのために働き生きているのか、自分の本当にしたかったことは何か、こうしたものに焦点を当てているのです。
人生に迷いがあった時には、大きなヒントが多産隠れているといっていいでしょう。
何もヒューマンドラマだけではありません。
SFなどでもしっかりとしたテーマが込められており、人のために生きるということの意味を解いたりしています。
ただ舞台をSFにしているだけですので、見てみると人生観を変えられるほどの衝撃を受けることもあるのです。
どんな映画であっても
映画はつまるところ、作られたものであることには間違いありません。
それだけに、テーマを濃くすることができるともいえるでしょう。
どんなことを伝えたいのか、どんなことを見せたいのか、その監督と脚本、演者の力によって、色濃く教えてくれるのです。
題材にされているものはいろいろとあります。
お笑いかもしれません。
しかし、そこに映像がありみることができるのですから、何を学び取るのか考えていくことが重要だといえるでしょう。